デヴィッド・ボウイはイクメンだった?

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ロック界の巨人、ミュージシャンでシンガーソングライター、音楽プロデューサーでもあったデヴィッド・ボウイ。2016年に亡くなるまでロック・ポップス音楽の分野で数々の名曲を生み出しました。

20世紀で最も影響力のあるアーティストであり1996年には「ロックの殿堂」入りを果たし、グラミー賞も5回受賞しています。

ロックでエッジなイメージのあるデヴィッド・ボウイですが、意外にも子煩悩でイクメンだったようなのです。

悔やんでいたデヴィッド

1971年に長男ダンカンが生まれていますが、そのころは彼の絶頂期でもありました。仕事を優先し数々のヒット曲を生み出したこの時代について彼は晩年こう語っています。

「私はダンカンと一緒に過ごさなかった。彼と遊んだことは数えるほどだったし、じっくり話もしなかった。もしも、時間を巻き戻せるならばあの時彼との時間を最優先したことだろう。もしも、それによって自分の音楽活動が停滞したとしても」

そこまで長男ダンカンを愛していたんですね。

2000年以降の活動停滞のワケは?

じつは、この前振りが活動停滞の理由を物語っています。ダンカンとのことを悔やんでいたデヴィッドは後妻との間に生まれたアレクサンドリア・ザハラ・ジョーンズ(愛称レクシー)との時間を大切にすることに決めたのです。

彼は、子供たちにかんするプライベートな発言はあまりしていません。しかし、育児について少しだけその言葉が残されています。

「私はレクシーと共に過ごした日々は、かけがえのない美しい日々だった。まるで何が入っているか解らない宝石箱を贈られたようで、毎日新しいことを見つけては、それを胸に刻みこんでいたんだ。彼女とともにいることがどれだけ幸せな時間だったか。」

ロックをしている彼のイメージからは想像できない言葉です。

しかし、言い換えるならば、デヴィッド・ボウイの曲や出演した作品、それらには人を引き付ける何かがありました。イクメンだったことがそれに関係していると簡単には言い切れませんが、彼の人間性のなかに魅力的な何かがあったことは間違いありません。

偉大な人物ほど子煩悩だったり、育児のために時間を割いたりしている例が見受けられます。もしかしたら、彼らは自分のために、喜んで育児に参加していたのかもしれません。義務感などではなくごく自然体で。

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